◇誤った解釈
[合成洗剤は合成物で石けんは天然物]
天然物とは一般に自然の動植物の生体を構成する成分をそのまま取り出して利用するものを意味します。サイカチの実や動物の糞尿は過去に洗剤として用いられてきた経緯があり、それらは天然の洗剤と呼ぶことができるでしょう。ところが、石けんは動植物から抽出して取り出されるものではありません。よって、石けんそのものは決して天然物ではありません。また、石けんの製造過程もケン化等の化学合成技術を用いますので、石けんも立派な合成化合物の一種です。天然物-合成物の尺度で石けんと合成洗剤を分けるのは全く筋違いです。
[合成洗剤は石油からできたもので石けんは天然油脂を原料としたもの]
合成洗剤の主成分である界面活性剤の、たとえば高級アルコール系の界面活性剤の原料の高級アルコールは石油由来のアルコールも天然油脂由来のアルコールもどちらも利用されています。合成洗剤が石油を原料としているという説明は間違いです。また石けんは脂肪酸のナトリウム塩やカリウム塩を指しますが、石油を原料として作り出された脂肪酸から石けんを作ることもでき、実際に過去にそのような石けんが使われたこともありました。合成洗剤と石けんの名称を原料で区別するのは無理があります。
[合成洗剤は高度技術を使ったもので石けんは昔ながらの方法で製造したもの]
確かに石けんはずっと昔から製造されていました。しかし、それは今から考えればごく少量の石けんを製造する場合の方法であり、エネルギー効率も悪く、現在はもっと進んだ製造方法になっています。特に大量の石けんを製造する場合は、まず脂肪酸を生成した上で、アルカリで中和する方法がとられます。また、脂肪酸の種類を調合して用途に適した石けんを製造している企業もあります。これらは、より高度な技術を用い、エネルギー効率を高めてより優れた製品を作り出す技術です。
なお、古いタイプの製造法が環境や人間に優しい方法であるというのは幻想です。たとえば、黒煙を吐く古い自家用車が、最新のハイブリットカーよりも環境に優しいわけはありません。徒歩や自転車が自動車よりも環境に優しいことは確かですが、同じ自動車ならば古いタイプが環境に優しいとはいえません。石けんや洗剤の製造方法も、ごく少量を手作りする場合は別として、不特定多数に対して大量の製品を製造する場合には、最新の技術を活用したほうが優しい技術である場合が多いのです。手作りで石けんを作る場合は油脂を釜などでアルカリと加熱してケン化反応を利用しますが、企業が製造する石けんで、ケン化反応を利用したものが中和法によるものよりも優れているといったことはありません。少なくとも製造エネルギーコストでは不利になっているはずです。
◇合成洗剤と石けんの定義
結局、合成洗剤と石けんの違いですが、人が手を加えた天然物ではない洗剤類の中で、石けん以外のものが合成洗剤と定義されます。本来の「合成」の意味からは石けんも「合成洗剤」になりますが、便宜上、石けんと石けん以外の洗剤類を分けるために、石けん以外の洗剤に「合成洗剤」との名称が付与されたと考えると分かりやすいでしょう。過去の経緯で、石けんを他の洗剤と区別するようにとの要求に応じて、家庭用品品質表示法関連の洗濯用洗剤や台所用洗剤では石けんと合成洗剤の区別ができました。しかし、薬事法関連の化粧石けんやシャンプーでは石けんと合成洗剤の区別はありません。
石けん以外の洗剤を合成洗剤と呼ぶのですから、本来は合成洗剤v.s.石けんとの構図で捉えるのは間違っています。プロ野球の球団を巨人軍とそれ以外の11球団に分けて、11球団には巨人軍にもあてはまる名称であるプロ野球軍とでも命名し、巨人軍とプロ野球軍を比較するわけです。プロ野球軍の11球団の中には色々なチームが含まれるわけですが、巨人軍が最下位でなければプロ野球軍に最下位チームが含まれます。すると、最下位チームが含まれていることを理由に、プロ野球軍は弱いと馬鹿にするのです。巨人軍が優勝していないときにも11球団に最下位チームが含まれているから巨人軍が他の11球団よりも優れていると主張するのです。その理由は「プロ野球軍に最下位チームが含まれているから」というものです。しかし、巨人軍とプロ野球軍に分ける考え方は、巨人軍を大切にしたいオーナーが押し付けたものだったのです。
実際、巨人軍だけを特別視する傾向は強いようで、巨人軍以外を球団としては認めないとする熱烈な巨人軍のファンもいるでしょう。しかし、そういう理屈がまかり通るのは個人的な好き嫌いの範囲内でのことであって、公的な場面、たとえば学校教育の場面で巨人軍以外のファンになってはならないと教え込むことなど愚の骨頂でしょう。しかし、合成洗剤の有害性を訴える論法は、実はこれと同じロジックに従っています。そして、実際の教育現場では合成洗剤の有害性を主張して石けんを推し進める教員がいるのです。
◇合成洗剤と石けんの違い
そうはいっても、実際に合成洗剤v.s.石けんの構図での論争が続いてきたわけで、その構図が間違っているといったところで意味がありません。そこで、物性面等の関連で合成洗剤と石けんを比較してみましょう。
[使用量の違い]
合成洗剤は数多く存在する化学物質の中で生き残ってきた商品群です。よって、大部分に共通した性能があります。そのひとつが少量で効果があるという点です。より薄い濃度で効き目のある界面活性剤が使用され、たとえば洗濯用洗剤であれば、1回あたりの選択に使用される合成洗剤中の界面活性剤は、洗濯用石けんに含まれる石けんの1/3~1/7程度で済みます。台所用洗剤では合成洗剤が濃縮タイプになっており、1回あたりの使用量で5倍以上の違いがあります。つまり、同じ作用を得るのに台所用石けんは合成洗剤の5倍以上の使用量となり、等量使えば合成洗剤は石けんの5倍以上の濃度で用いることになります。
[水の硬度の影響]
石けんは水の中のカルシウムイオンやマグネシウムイオンと結合して水に不溶性の金属石けんに変わり、風呂場の汚れや衣類の黄変の原因になります。現在生き残っている合成洗剤は、当然その問題を克服したものであり、不溶性の物質として析出しにくくなっています。
[水生生物への影響]
石けんも含めた界面活性剤は、水中で水生生物のエラに吸着してダメージを及ぼす性質があります。合成洗剤は石けんと比較して少量で効果があり、しかも水の硬度の影響を受けにくいことから、河川や湖に放たれた際に石けんよりも少量で水生生物にダメージを与える傾向にあります。
[生分解性]
微生物の働きで水と二酸化炭素等に分解される性質を生分解性といいますが、石けんは比較的生分解性が高く、他の合成界面活性剤の最高ランクと同レベルです。合成界面活性剤の中には生分解性が非常に低く問題になるものも含まれます。但し、石けんも金属石けんになってしまったものは、その形状から分解性が大きく低下してしまいます。
[毒性]
毒性について合成洗剤v.s.石けんの図式は複雑です。人が摂取した場合の急性毒性は、一般の洗剤類に含まれるものを比較すると合成界面活性剤が石けんよりも毒性が高いという傾向にあります。但し、合成界面活性剤でも食品関連、その他の特殊用途に用いられるものには石けんよりも毒性の低いものもあります。皮膚に対する影響も、石けんよりも刺激の強いものもあれば、化粧品に用いられるタイプの界面活性剤には石けんよりも刺激の小さなものもあります。
以上のように、使用量、水の硬度の影響、水生生物への影響等に関しては、石けんが他の合成洗剤に比べて特徴的であるといえますが、生分解性や毒性に関しては合成洗剤の幅が大きいので単純比較はできません。合成洗剤については、個別の成分についての検討が必要となります。