洗浄は非常に複雑な種々の要素の絡み合う操作であるため、その試験から客観的データを得るのは非常に難しい。現在のところ絶対値として洗浄力を現す有効な手段はないので、一般には限られた条件の下での汚れ落ちの度合いを指標として異なる条件下での洗浄力の優劣を評価する。しかし、その優劣の評価に関しても多くの注意すべき点がある。ここでは、筆者が過去に行った洗浄試験を例に上げて、特に洗浄率のばらつきに関連付けて、洗浄性の優劣の判断の仕方について説明することとする。試験の詳細に関しては、以下の論文を参照願いたい。
大矢勝、「洗剤の洗浄力の優劣判断における注意点-市販洗剤とアルカリ剤の洗浄試験結果の分析-」、繊維製品消費科学、48(9)、613-618頁 (2007)
なお、当該論文はそれぞれの洗剤・アルカリ剤の汚れ落ちの善し悪しを論じることを目的とはしていないが、その結果からは以下の傾向がみてとれる。
①合成洗剤と石けんの比較は無意味。異なる種類の合成洗剤の間の洗浄力の差や異なる種類の石けんの洗浄力の差の方が、合成洗剤の平均的な洗浄力と石けんの平均的な洗浄力の差よりも大きいため。
②重曹の水溶液の洗浄力は、他のものに比してかなり低い。
【要旨(原文そのまま)】
洗浄試験で得られた洗浄率で洗浄力の優劣を判断する際の注意点を明らかにすることを目的として、16種の洗浄液を用いて湿式人工汚染布をターゴトメータで洗浄し、各洗浄液の洗浄率の各組み合わせについて平均値の差の検定を行った。湿式人工汚染布は製造後1~2ヶ月と製造後約1年間経た2種のロットを用いた。その結果、製造後の期間が長くなると洗浄率は低下するが、洗浄条件による洗浄率の高低に関しては、2種のロット間に高い相関性が認められた。但し、検定の結果2種のロット間で洗浄率が逆転する場合もあることがわかった。また再現性を確保するためには3~4回の洗浄試験が必要とされることもわかった。また、合成洗剤と石けんの違いよりも、それぞれの商品間の洗浄力の差が大きいことがわかった。また炭酸ナトリウムの洗浄力は比較的高いが、重曹の洗浄力は低いことがわかった。
【方法】
市販洗濯用合成洗剤6種、市販洗濯用石けん4種、洗濯試験用標準指標洗剤、重曹、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、セスキ炭酸ナトリウムのそれぞれの水溶液、および水の計16種を洗浄液として用いた。塩化カルシウム二水和物で硬度を50ppmに調整した水を用いて、市販合成洗剤と石けんは標準使用濃度、指標洗剤は0.133%、重曹は0.5%、水酸化ナトリウムは0.1%、炭酸ナトリウムは0.5%、セスキ炭酸ナトリウムは0.5%の水溶液にそれぞれ調製した。指標洗剤は、指標洗剤は、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム30部、トリポリリン酸ナトリウム17部、ケイ酸ナトリウム10部、炭酸ナトリウム3部、カルボキシメチルセルロース1部、硫酸ナトリウム58部で作成した。洗濯用合成洗剤は、液体中性洗剤2種と粉末弱アルカリ性合成洗剤4種であり、洗濯用石けんは液体洗濯石けん1種と粉末洗濯石けん3種である。以下、本文中では次の略号を用いる。
D-1,D-2: 液体中性洗剤、D-3 ~ D-6: 粉末弱アルカリ性合成洗剤、S-1: 液体洗濯石けん、S-2 ~ S-4: 粉末洗濯石けん、A-1: 重曹、A-2: 水酸化ナトリウム、A-3: 炭酸ナトリウム、A-4: セスキ炭酸ナトリウム、D-S: 指標洗剤、H2O: 水
人工汚染布には洗濯科学協会の湿式人工汚染布(5cm×5cm)を用いた5)。製造日に11ヶ月差のある2つのロットの汚染布を用い、Lot Aは製造後約1年程度、Lot Bは製造後約1~2ヶ月で洗浄に供した。人工汚染布5枚をターゴトメータ(回転数120rpm、洗浄温度30℃、洗浄時間10分、すすぎ3分を2回)で洗浄試験を行った。浴比は人工汚染布と同じ5cm×5cmのバランス布を加えて洗液1Lに対して1:30とした。洗浄液16種の洗浄力試験は、人工汚染布Lot A 、Lot Bの両方とも1種の洗浄液に対して5枚を6セット準備して別々に洗浄し、Lot A 、Lot Bとも1条件につき30枚の汚染布を洗浄した。なお、汚染布は開封後1週間以内に洗浄試験に供した。洗浄性評価に関しては色差計を用いて洗浄前後の表面反射率を5枚重ねの状態で測定し、クベルカムンク式のK/S値の洗浄前後の変化量から洗浄率を求めた。そして、平均値の差の検定により洗浄力の優劣の差を検定した。
【結果】
洗浄試験の結果を図1に示す。各条件についてそれぞれ30枚の人工汚染布(5枚×6回)の洗浄率をプロットすることで、ばらつきの幅を表した。Lot Bは全てLot Aより高い洗浄率を示し、平均洗浄率で13%から23%の差が確認された。湿式人工汚染布のロットの違いによる洗浄率の差は、湿式人工汚染布が作製されてから試験に供されるまでの期間が汚れの付着力に影響を及ぼした結果だと考えられる。ただし、Lot AとLot Bの洗浄試験の結果の間には高い相関性が認められた。同一ロットの結果で相対的に高い洗浄率を示した条件は、粉末洗濯石けんS-2とS-3および弱アルカリ性合成洗剤のD-4とD-6であった。逆に洗浄率の低かった条件は、液体洗濯石けんのS-1と重曹0.5%水溶液(A-1)および水(H2O)であった。
図1 各種洗剤とアルカリ剤の洗浄率比較
洗浄試験を行った16条件の全ての組み合わせに対して平均値の差の検定を行い、Lot AとLot Bの検定結果の差を検討した結果を表1と表2に示す。表は16条件を平均洗浄率の高い順に並べ、洗浄率の低い条件と片側検定を行ったものである。検定の有意水準は10%(*)、5%(**)、1%(***)、0.1%(****)の4段階で行い、平均値の差が大きいほど多くの*で表した。*のない場合は有意水準10%でも平均値に差があるとは言えないことを示している。
表1 Lot A での洗浄性評価結果
表2 Lot B での洗浄性比較結果
Lot AとLot Bの合成洗剤D-6と粉石けんS-3を比較すると、Lot Aでは粉石けんS-3が最も洗浄率が高く、洗浄率2位の合成洗剤D-6との平均値の差の検定では有意水準0.1%で差があるとなった。しかし、Lot Bでは両者の洗浄率の高低は逆転して合成洗剤D-6が粉石けんS-3よりも洗浄率が高くなり、有意水準0.1%で差が認められた。つまり、Lot Aのように汚染布の製造から時間が経過することによって粉石けんS-3の方が有利になったことになる。
その他に合成洗剤D-2と粉石けんS-4を比較するとLot Bでは有意水準10%でも差があるとは認められないレベルだが平均洗浄率の順位で合成洗剤D-2が粉石けんS-4を上回るが、Lot Aでは粉石けんS-4が有意水準0.1%で合成洗剤D-2を上回る洗浄性が認められる。同様に炭酸ナトリウムA-3と標準指標洗剤D-Sの関係でも、Lot AとLot Bで平均洗浄率の順位が逆転し、Lot Bでは有意水準0.1%でも差があると判断される。また粉石けんS-4、セスキ炭酸ナトリウムA-4、合成洗剤D-2、合成洗剤D-3の4種の洗浄液の間にも平均洗浄率の順位の逆転がみられ、その中には有意水準0.1%でも差があると認められる結果が含まれる。
以上のように、異なるロットでの洗浄結果について平均値の差の検定を行った結果、有意水準0.1%で差が認められたとしても、必ずしも実際の洗浄力に差があると結論付けることはできないことが確認できた。洗浄力の優劣を判断する場合には、統計的な検定の他に絶対的な洗浄率の差の有無についても考慮する必要があると考えられる。すなわち、今回の洗浄試験の条件ならば、真の洗浄力の差があると判断するには平均洗浄率で10%程度の差が認められるという前提条件もクリアされなければならないだろう。
(2009.1.15)
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