洗浄力評価の基礎

洗浄力試験は、洗剤の洗浄能力を比較する場合や洗濯機の洗浄能力を比較する場合に実施します。製品開発の場面から消費者の立場からの商品評価にいたるまで、幅広く洗浄力試験は行われます。実際、色々なニーズにおける洗浄力試験の相談を受けた経験から、洗浄力試験に関する知識をまとめようと、このコーナーを立ち上げることとしました。
さて、洗浄力試験を実施しようと思う場合、目的に応じた方法を探索する、又は考え出して方法を決定するわけですが、その前にぜひ知っておくべき基礎知識があります。ここでは、そのような基礎知識として、洗浄力と洗浄率の関係、汚れの種類による洗浄性の差、その他の条件による洗浄率の変化、条件を整えたとしても生じる洗浄率のばらつき、洗浄力の差を判定するための方法等について概説したいと思います。

◇洗浄力と洗浄率の関係
 まず、洗浄力とは何を意味するのかということから入らなければなりませんが、洗浄力とは洗浄する能力を表す仮想的な指標です。洗浄力を表す方法として、AとBの2つの条件の優劣であれば、そのままAが優れている、Bが優れている、またはAとBに差はないというような表現ができますが、より客観的な指標としては洗浄率が用いられます。洗浄率は一般には次式で表されます。

 洗浄率(%)=汚れの除去量/元の汚れの付着量 ×100

たとえば、50の汚れが付着していた場合に30の汚れが除去されたなら、洗浄率は60%となります。50の汚れの中の20が除去されたなら洗浄率は40%となります。さて、ここに3種の条件A、B、Cで洗浄した結果、それぞれ洗浄率が80%、60%、40%との結果が得られました。この結果より洗浄力はA>B>Cとの結論が得られます。
但し、ここに注意しなければならない点があります。洗浄率は洗浄力そのものではないということに注意する必要があります。AとBの洗浄率の差は20%で、BとCの洗浄率の差も20%です。すると、AとBの差とBとCの差が等しいので、AとBの洗浄力の差とBとCの洗浄力の差が等しく、Bの洗浄力はAとBのちょうど中間に位置するとように感じてしまいがちです。しかし、実際にはそのような結論付けはできません。洗浄力は仮想の物理的指標ですから、A:B:Cの洗浄力は相応の割合になっているものと考えられますが、それがそのままA、B、Cの洗浄率に対応するとは考えません。洗浄率は、あくまである限られた条件で得られる現象なのです。
たとえば、同じ洗浄率60%でも、除去量と汚れ量の割合が6/10、60/100、600/1000の3通りの場合で洗浄力が同じであるとは一般には考えられません。このような同じ洗浄力をかければ同じ割合で反応が進むというのは、化学反応の中でも理想的なモデルで一次反応と呼ばれるタイプの現象です。しかし、一般の洗浄では落ちやすい汚れが先に除去され、最後には除去されにくい汚れが残るという不均一系を扱います。実際、布の汚れ除去などでは、洗浄率が100%に達するであろうと仮定できない系も多くみられます。そのような状況で、単純に洗浄率を洗浄力と等価に扱うことはできません。

◇汚れの種類による洗浄性の差
 汚れの種類による洗浄性の差も、重要なポイントです。洗浄力試験を行う場合には、汚れを付着させた基質を洗浄してその除去効率を計る方法が一般的ですが、汚れの種類によって洗浄力の優劣が大きく変化してしまうのです。そこで、どのような汚れを用いて洗浄を行うのかが重要なポイントとなります。
 たとえば、衣類の洗濯を念頭に置いた洗浄試験では、①洗濯で一番重要だと思われる汚れを用いる、②種々の汚れの洗浄力を総合的に評価する、③種々のモデル汚れの洗浄力を個別に評価する、といった方法がとられています。

[洗濯で一番重要だと思われる汚れの使用]
洗濯で一番重要だと思われる汚れ、または典型的な汚れとしては、一般にはワイシャツなどの衿垢汚れであるとされています。衿垢汚れを付着させた衿布を用いたり、衿垢汚れをモデル化した湿式汚染布(洗濯科学協会)を用いるなどで洗浄試験が行われます。

[種々の汚染布の洗浄力を総合的に評価する]
洗濯物も、衿垢汚れだけではなく、食品の食べこぼしや血液など、様々な種類のものがあります。また、それぞれをモデル化した汚染布が開発され販売されています。そこで、それら種々の汚染布洗浄率を求め、その平均的な洗浄率から洗浄力を求めるという方法があります。

[種々のモデル汚れの洗浄力を個別に評価する]
汚れの種類は大きく分けて油性汚れ、たん白質汚れ、固体汚れに分けられ、油性汚れは更に強極性汚れ、中極性汚れ、無極性汚れなどに、固体汚れも親油性固体汚れと親水性固体汚れに分けられます。それらの代表的な性状のモデル汚れの洗浄率を求めて、汚れの種類別の洗浄力評価を行う方法が考えられます。

上記のような種々の方法が考えられるのですが、どれも長所・短所があり、決定版といったものはありません。ただ一つ明言できることは、たとえば脂肪汚れを付着させた試料の洗浄結果をもとに、全般的な洗浄力の優劣を論じるといったことは誤りだということです。たとえば、中性洗剤とアルカリ剤(界面活性剤を含まないもの)の効果を比較すると、脂肪酸汚れではアルカリ剤が優位、鉱油系汚れでは中性洗剤が優位でアルカリ剤ではほとんど効果なしという結果が得られます。洗浄試験を行う際、または他者の洗浄試験結果を評価する場合に、このような汚れの種類の影響をしっかりとチェックすることが要求されます。

◇その他の条件による洗浄率の変化
 汚れの種類以外にも洗浄率を左右する要因は数多く存在します。汚れを付着させた後洗浄試験に供するまでの時間は目立ちにくい重要な要素で、汚れを付着させた後の放置時間が長くなれば一般に洗浄率は低下します。汚れと基質との間の結合が安定し、特に布基質等に付着した油性汚れの場合、時間を経過すると布中に深く浸透して広がります。汚れ付着後の放置時の温度や湿度によっても汚れの付着状態を左右して洗浄率に影響します。その他、洗剤成分も安定ではないものもの多く誤差要因となります。
 洗浄試験の条件としても、水の硬度、洗浄温度、そして洗浄時間をどれほどに設定するのか、また洗濯試験では洗濯液に対する布の量はどの程度に設定するのか、機械力はどの程度に設定するのかといったことが、全て洗浄率を左右する要因となります。

◇洗浄率のばらつき
 また、上記のような条件をできる限り均一に整えたとしても、実験データにはばらつきが生じます。洗濯試験などでは一条件につき5~20枚ほどの汚染布の洗浄率を求めて平均値を算出しますが、そこには必ずばらつきがあります。洗浄の機械力が強く働いた布と弱かった布の違いや、もともとの汚れの付着力の差が影響したり、洗浄率を求めるための指標の計測時に誤差が生まれたりと、ばらつきが伴いますが、そのばらつきも非常に重要なデータとなるので無視してはいけません。

◇洗浄率の差を判定するための方法
 洗浄率を求めて最終的には洗浄力判定の材料とするわけですが、一般には異なる洗浄条件の間での洗浄力の差の有無を判定する場合が多いでしょう。さて、その場合の差の有無ですが、これも統計的に差の有無を判定する手段があるのです。一般には平均値の差の検定といわれる手法です。たとえば、次のX1とY1の差、X2とY2の差をみてみます。

X1:48, 49, 50, 50, 51, 52 平均:50
Y1:53, 54, 55, 55, 56, 57 平均:55

X2:20, 30, 40, 60, 70, 80 平均:50
Y2:20, 50, 55, 55, 60, 90 平均:55

X1とX2の平均値は50、Y1とY2の平均値は55でX1とY1、X2とY2との間には平均値で5の差があります。さて、X1とY1に差があるか、またX2とY2の間には差があるといえるでしょうか。X1とY1はどちらもばらつきが少なく、5の差があれば明らかにY1のほうがX1よりも大きい傾向が見て取れます。ところが、X2とY2を比較しているデータではどちらもばらつきが大きくて、平均値に5の差があるといっても、それが本来のX2<Y2であることを表した結果であるとはいいにくく、むしろ、偶然に平均値5の差がでたという見方が適切でしょう。
 このように、差があるかどうを判定する場合、ばらつきとの関連でみていくことが求められます。そのような統計手法を用いて判定することになるので、ばらつきに関連する個別のデータは大切にとっておく必要があります。