消費者の環境情報学

大矢 勝 著 大学教育出版 2006.3.25発行

 ISBN4-88730-661-X C3036 \1,800+税

「石鹸v.s.合成洗剤」などの具体的テーマを中心に、環境問題や安全に関する生活者・消費者レベルでの情報のあり方について今まで色々と考えてきました。そして、ぼんやりとですが、環境・安全に関する消費者情報の今後の課題が見えてきたように思われます。それをまとめたのがこの書籍です。

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はじめに

 環境問題の主たる原因が人類の消費活動にあることは否定できません。では、消費者としてどのような形で環境問題対策に取り組むことができるでしょうか。真っ先に思い浮かぶのは家庭ごみを減らす工夫や節水・節電対策など。また教育現場では自然とのふれあいをもとに、環境の大切さを知ろうとする取り組みが行われています。それぞれ大切な取り組みであることに違いはありませんが、現在進行中の環境悪化の防止策としてどれほどの効果があるのでしょうか。
 一昔前、消費者運動には勢いが感じられました。1970年代に琵琶湖を守ることをスローガンとした運動が展開され、1980年代には当時の合成洗剤に含まれていた水質汚染原因物質であるリン分を洗剤成分から追放することに成功しました。食品添加物関連でも日本の消費者運動は絶大な影響力を発揮し、世界的にみても非常に厳しいレベルの規制が設けられ、日本では比較的安心できる食生活環境が整いました。
 しかし、現在の消費者組織には以前のような勢いが感じられなくなってきました。合成洗剤や合成添加物等のリスク情報をもとに消費者の力を結集する消費者運動は、大きな壁に突き当たってしまったのです。近年、一般的商品の危険性を過度に誇張する情報をもとに展開される健康食品、医療器具、浄水・整水器、民間療法等に関連した悪質商法が問題視されるようになってきましたが、そこでは「合成は悪く天然が良い」、「大企業で大量生産されたものは悪い」、「有害物質は絶対に含まれてはならない」といった考え方が土台になっています。実は、これまで発展してきた消費者運動の多くも、これらの考え方をもとに消費者の団結力を結集して展開されてきたという背景があります。そのため、それらの悪質商法をめぐる消費者問題に消費者運動が対応できていません。
 消費者の不安を煽るリスク情報に問題があるのですが、リスク情報に冷静に向き合うための科学的な素地が消費者組織に備わっていないのです。そこで筆者は合成洗剤・石けん論争をターゲットとして、合成洗剤の有害性を過度に誇張して石けんを推進する消費者運動のあり方を批判してきました。科学的に誤りのある情報を発信することは消費者組織としての自殺行為であるとして、石けん運動で利用されてきた合成洗剤有害論の科学的な誤りを指摘してきました。そして、現在では過度に合成洗剤の有害性を誇張した情報はかなり少なくなったように思われます。また他の食品添加物等の関連でも過激に有害性を主張する情報は、少なくとも科学志向の消費者団体では見られなくなってきました。しかし、消費者運動における過去の情報の問題点を指摘するだけでは真の環境問題の解決には結びつきません。新たな時代に即した消費者運動のあり方を模索し、益々深刻化する環境問題対応策の中心的役割を担う組織に変貌することが消費者組織に期待されます。
 そこで本書は消費者としての環境貢献策に通じる新たな考え方を提案します。地球環境をめぐる複雑な問題は「琵琶湖を守るためにリンを追放しよう」というような単純な図式で表すことができず、消費者としてどのように取り組めばよいのかの明確な指針が見当たらなくなってしまいました。今後の環境問題に対応するためには消費者意識の根源的な部分に変化が求められます。従来はオピニオンリーダーから正しい方向性が示され、消費者組織のメンバーが一致団結してその目的に向かって突き進んでいきました。しかし、地球環境問題が注目される現在、従来型のパターンの消費者運動は通用しなくなりました。「環境のためには商品Aが良い」といった単純な結論づけによる目標設定ができなくなってしまったのです。
 早急に、今後の新たな時代の環境対応策を目指した消費者運動を構想する必要があります。具体的には、どの商品が良いといった結論を広める運動組織から脱して、個々の消費者に対して商品・サービスの選択を科学的に判断するための方法論を伝えるとともに、判断するための良質の情報を提供し、個々の消費者の判断結果を社会に反映する役割を担っていく組織に消費者団体が変貌していくことが望まれます。すなわち、消費者の科学的な意思決定を援助する組織として消費者団体が生まれ変わることが望まれるのです。消費者組織の中での商品Aと商品Bの選択についての会話が、「商品Aと商品Bのどちらが良いのですか?」という質問から「商品Aと商品Bに関するデータはどこにありますか?」との質問に変化する、そのような体質変化が望まれるのです。
 以上のような観点から、「環境」と「情報」をキーワードとした消費者のための学問分野「環境情報学」の構築を本書は目指します。身近な環境問題から地球規模の環境問題に至る全体像をどのように把握するか、環境問題に関する情報の収集・整理・発信に関する具体的手順や注意点、環境論争の本質的な争点の見極め方、そして意思決定に至るプロセスのあり方等を考察します。
 本書は5章から構成されます。第1章では環境問題の複雑化・深刻化、そして社会の高度情報化といった時代背景との関連で環境情報学に求められる内容とその社会的意義について説明し、また「環境」や「情報」に関する用語を整理します。第2章では環境問題への視野を広げることを目的として、環境問題の新たな枠組を提案し、その体系に従って環境問題の全体像を把握します。第3章では、環境情報の収集法と論点別整理方法について説明すると共に、「専門-一般」の尺度による情報の特徴づけや、消費者の不安を煽る詐欺的悪質情報の問題点について説明します。第4章では環境情報の発信について、目的の明確化、発信情報のフォロー等を含めた手順とともに、具体的発信プランの事例を挙げて説明し、消費者参加型環境コミュニケーションの課題として、コミュニケーションのための論理的対話の必要性やネットコミュニケーションでの障害の要因等についても言及します。そして、第5章では環境情報に冷静に向き合うための思考ツールとして「地球-生活」×「科学―社会」の次元認識のあり方について説明し、また消費者教育の中の科学に関して、「知る科学」から「考える科学」への転換の必要性を論じます。
 なお、本書の内容の大部分は大学での講義内容をまとめなおしたものです。多数の学生の協力によって、本書ができ上がったことを感謝したいと思います。

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目次

はじめに

第1章 今なぜ環境情報学か
1.環境問題の複雑化と深刻化
 (1)「環境に優しい」の判断が困難に (2)水道水の安全性を例に (3)省エネ・省資源対策について
 2.高度情報社会の可能性と危険性
 (1)情報量の増大 (2)情報の価値の向上 (3)ITによる生活様式の変化 (4)環境情報学として求められる内容
 3.「環境情報学」とは
 (1)「環境情報」から連想されるもの (2)「環境」の意味するもの (3)環境情報学とは

第2章 環境問題への視野を広げる
 1.環境問題の全体像を把握するには
(1) 代表的な環境情報分類体系 (2) 新分類体系の提案 (3) 分類の意味と注意点
 2.注目すべき環境問題
(1) 環境政策・ビジネス関連 (2) 水・大気・土壌関連 (3) 廃棄物・リサイクル関連 (4) 資源・エネルギー関連 (5) 有害化学物質関連 (6) 自然関連

第3章 環境情報の収集・整理法
 1.高度情報社会の情報収集・整理の考え方
(1) 情報量の増大に関して (2) 情報の価値の向上に関して
 2.情報収集・整理の一般的手順
(1) 目的の確認 (2) 情報源の選択 (3) 情報収集・整理
 3.環境情報の具体的収集法
(1) 基盤書籍 (2) インターネット利用 
 4.環境情報の論点別整理法
(1) 基本姿勢 (2) 具体的事例より 
 5.「専門-一般」尺度の理解
(1)「専門-一般」の尺度とは (2)理化学系情報の各段階における特徴 (3)今後の課題
 6.不良情報の識別
(1)バイブル商法型 (2)消費者運動型 (3) 知識不足型 (4)複合パターンの事例と課題

第4章 環境情報を発信するための手順と注意点
 1.情報発信に関する一般的課題
 2.情報発信者の責任
(1) 情報発信者の生産者としての社会的立場 (2) 著作権と肖像権 (3) 名誉毀損・侮辱について
 3.環境情報発信の一般的手順
(1) 情報発信目的の明確化 (2) 発信した情報へのフォロー
 4.情報発信プラニング事例より
(1) 地球温暖化のメカニズムに関する情報発信 (2) 化学物質の毒性に関する情報発信 (3) ゴミ分別に関する情報発信 (4) 環境関連書籍紹介
 5.消費者コミュニケーションの注意点
(1) 新たなコミュニケーション形態 (2) コミュニケーションの個人レベルの阻害要因

第5章 消費者としての意思決定に向けて
 1.「生活-地球」、「科学-社会」の次元認識
 (1)「生活-地球」、「科学-社会」尺度とは? (2)個人の特徴づけより  (3)問題解決のバランスのため
 2.「地球中心主義-人間社会中心主義」軸の認識
(1) 地球中心主義・人間社会中心主義とは (2) 論議混乱の原因 
 3.「知る科学」から「考える科学」へ
(1) 2種の科学 (2) 数値の信頼性について考える (3) 平均値の差の検定 (4) 無害の証明について (5) リスク論・LCAより
 4.次代のコンシューマリズムに向けて
(1) 米国コンシューマリズムの経緯 (2) 日本の消費者運動への影響
 5.消費者教育へのフィードバックのため
(1) 基盤系環境情報の周知システム (2) ネットコミュニケーションリーダーの育成 (3) 不良情報の制限に向けて
 6.今後の環境情報学研究
(1)環境情報の分類に関して (2)環境情報の次元認識に関して (3)環境情報の収集・整理に関して (4)環境情報の発信に関して (5)意思決定に関して

おわりに

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(2006年4月18日)

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Last modifided 2006.4.18 Maintaied by OYA Masaru (大矢 勝)