アルカリ剤の瞬発力と持続力:水酸化ナトリウム vs 炭酸塩(Q&A_024)

[炭酸塩(弱アルカリ剤)≠弱塩基]
酸には強酸・弱酸、塩基には強塩基・弱塩基がある。炭酸塩には炭酸ナトリウム(Na2CO3)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)があるが、これらは弱酸である炭酸(H2CO3)と強塩基である水酸化ナトリウム(NaOH)の反応で出来上がる塩である。塩は酸と塩基が反応して出来上がるものと定義されるので、Na2CO3やNaHCO3は酸(強酸・弱酸)でも塩基(弱塩基・強塩基)でもなく、あくまで塩である。しかし炭酸塩の水溶液は塩基性(アルカリ性)を示すので、アルカリ剤として用いられる。特に炭酸塩は一般の使用濃度でpH11以下となるので弱アルカリ剤として用いられるが、化学用語としての弱塩基ではないことには注意が必要である。
以下、強力なアルカリ剤として水酸化ナトリウム(NaOH)が挙げられるが、炭酸塩(特にNa2CO3)のアルカリ度を水酸化ナトリウムと比較してその特徴をみていく。

【濃度1.0%のNaOHとNa2CO3水溶液のpHの比較】
<NaOH(40.0g/mol)の場合>
1% = 10g/L = 2.5×10^-1 M
pOH = -log(2.5×10^-1) = 1-log2.5 = 1-0.4 = 0.6
pH = 14 – 0.6 = 13.4
<Na2CO3(106.0g/mol)の場合>
1% = 10g/L = 9.43×10^-2 M
[OH-]^2 = Kb × [CO3(2-)] = 10^-3.68 × 9.43×10^-2 = 19.7 × 10^-6
[OH-] = 4.438 ×10^-3
pOH = -log(4.438 ×10^-3) = 3-log4.438 = 3-0.647 = 2.353
pH = 14-2.353 = 11.647
以上のように1%濃度のpH計算値は、NaOHのpH=13.4、Na2CO3のpH=11.6でアルカリ度の差は1.8程度開いている。

【濃度0.1%のNaOHとNa2CO3水溶液のpHの比較】
<NaOH(40.0g/mol)の場合>
0.1% = 1g/L = 2.5×10^-2 M
pOH = -log(2.5×10^-2) = 2-log2.5 = 2-0.4 = 1.6
pH = 14 – 1.6 = 12.4
<Na2CO3(106.0g/mol)の場合>
0.1% = 1g/L = 9.43×10^-3 M
[OH-]^2 = Kb × [CO3(2-)] = 10^-3.68 × 9.43×10^-3 = 1.97 × 10^-6
[OH-] = 1.40 ×10^-3
pOH = -log(1.40 ×10^-3) = 3-log1.4 = 3-0.146 = 2.854
pH = 14-2.854 = 11.146
以上のように0.1%濃度のpH計算値は、NaOHのpH=12.4、Na2CO3のpH=11.1でアルカリ度の差は1.3程度開いている。

【濃度0.01%のNaOHとNa2CO3水溶液のpHの比較】
<NaOH(40.0g/mol)の場合>
0.01% = 0.1g/L = 2.5×10^-3 M
pOH = -log(2.5×10^-3) = 3-log2.5 = 3-0.4 = 2.6
pH = 14 – 2.6 = 11.4
<Na2CO3(106.0g/mol)の場合>
0.01% = 0.1g/L = 9.43×10^-4 M
[OH-]^2 = Kb × [CO3(2-)] = 10^-3.68 × 9.43×10^-4 = 19.7 × 10^-8
[OH-] = 4.438 ×10^-4
pOH = -log(4.438 ×10^-4) = 4-log4.438 = 4-0.647 = 3.353
pH = 14-3.353 = 10.647
以上のように0.01%濃度のpH計算値は、NaOHのpH=11.4、Na2CO3のpH=10.6でアルカリ度の差は0.8程度開いている。

【pH12.0のNaOHとNa2CO3水溶液の濃度の比較】
<NaOH(40.0g/mol)の場合>
pOH = 14-12 = 2
-log[OH-] = 2 = -log10^-2
[OH-] = 10^-2
NaOH 10^-2 M = 0.40g/L = 0.040g/100mL = 0.040%
<Na2CO3(106.0g/mol)の場合>
[OH-] = 10^-2 M
[OH-]^2 = 10^-4 = Kb × [CO3(2-)] = 10^-3.68 × [CO3(2-)]
[CO3(2-)] = (10^-4)/(10^-3.68) = 10^-0.32
Na2CO3  10^-0.32 M = 50.73g/L = 5.07g/100mL = 5.07%
重量濃度で0.040%:5.07%  127倍の差
モル濃度で10^-2 M : 10^-0.32 M = 0.01 : 0.479  48倍の差

【pH11.0のNaOHとNa2CO3水溶液の濃度の比較】
<NaOH(40.0g/mol)の場合>
pOH = 14-11. = 3
-log[OH-] = 3 = -log10^-3
[OH-] = 10^-3
NaOH 10^-3 M = 0.040g/L = 0.0040g/100mL = 0.0040%
<Na2CO3(106.0g/mol)の場合>
[OH-] = 10^-3 M
[OH-]^2 = 10^-6 = Kb × [CO3(2-)] = 10^-3.68 × [CO3(2-)]
[CO3(2-)] = (10^-6)/(10^-3.68) = 10^-2.324
Na2CO3  10^-2.324 M = 0.5027g/L = 0.0503g/100mL = 0.0503%
重量濃度で0.0040%:0.0503%  12.6倍の差
モル濃度で10^-3 M : 10^-2.324 M = 0.001 : 0.00474 4.7倍の差

【pH10.0のNaOHとNa2CO3水溶液の濃度の比較】
pH10.0の場合の濃度を比較する。
<NaOH(40.0g/mol)の場合>
pOH = 14-10 = 4
-log[OH-] = 4 = -log10^-4
[OH-] = 10^-4
NaOH 10^-4 M = 0.0040g/L = 0.00040g/100mL = 0.00040%
<Na2CO3(106.0g/mol)の場合>
[OH-] = 10^-4 M
[OH-]^2 = 10^-8 = Kb × [CO3(2-)] = 10^-3.68 × [CO3(2-)]
[CO3(2-)] = (10^-8)/(10^-3.68) = 10^-4.324
Na2CO3  10^-4.324 M = 4.74×10^-5=0.005027g/L = 0.000503g/100mL = 0.000503%
重量濃度で0.00040%:0.000503%  1.25倍の差
モル濃度で10^-4 M : 10^-4.324 M = 0.0001 : 0.000843 4.7倍の差

但し以上の計算過程で、[OH-]の濃度が[CO3(2-)]の濃度よりも高くなっている。つまり、CO3(2-) + H2O → HCO3(-) + OH(-) の反応で生じるOH-だけでは不足する。よって、HCO3(-) + H2O → H2CO3 + OH(-)の反応で生じるOH-も必要になる。なので、濃度算出の際にはCO3(2-)とHCO3(-)の両方の濃度に着目する必要がある。
そこで、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式を利用する。
pOH = pKb + log([HA]/[A-])
もしも[HA]=[A-]のとき、pOH = pKb = 3.68
よって、pH = 10.32
HCO3(-)とCO3(2-)が等しい濃度の時のpHは10.32となるので、pH10の時にはHCO3(-)の方がCO3(2-)よりも濃度が高くなることが予測できる。
pH=10の時
pOH = 4 = 3.68 + log([HA]/[A-])
log([HA]/[A-]) = 0.32 = log10^0.32 = log2.09
[HA]/[A-] = 2.09
HCO3(-)はCO3(2-)の2倍以上の濃度となる。

【緩衝作用について】
炭酸ナトリウムのみを希釈してpH10に調整するのは実は非常に難しい。しかし、炭酸水素ナトリウムと炭酸ナトリウムを2:1のモル比で混合すれば、ごく低濃度の場合を除いて濃度に関係なくpHは10程度となる。かなり濃度を高めにしてもpHは10程度を保つことができ、洗浄過程でアルカリ分が中和等で消費されてもすぐさま多量の炭酸塩が炭酸水素塩に変化して水酸化物イオンOH-が補給される。しかも、その際のpHの変化は非常に少ない。この作用がpHの緩衝作用である。

【水酸化ナトリウムと炭酸ナトリウムの瞬発力と持続力】
アルカリ剤としての瞬発力とは水酸化物イオンOH-の濃度を指し、pHがその尺度となる。よって瞬発力は高濃度の水酸化ナトリウムが一番強い。同一濃度では水酸化ナトリウム水溶液が炭酸ナトリウム水溶液を上回るが、高濃度であるほどその差は大きい。
一方、アルカリ剤の持続力はアルカリ剤のモル濃度に関連し、同一のpHでは炭酸ナトリウムのほうがモル濃度が高いので持続力が強くなる。pH10程度の水酸化ナトリウムはモル濃度10^-4M、重量濃度で0.00040%と非常に低濃度である。40Lの洗濯機で洗う場合、4×10^-3molの塩基が含まれることになる。仮に脂肪酸を中和して石けんに変化させる反応を考えると、4×10^-3molの脂肪酸(200~280g/mol)と反応すると考えて240×0.004=0.96gの脂肪酸を中和することになると計算できる。しかし実際にはこれだけ低濃度のアルカリ剤では反応の進み方は悪く、0.5g程度も中和できないであろう。これは一般の洗濯ものの汚れ量に対しては少なすぎる。
一方で0.1%程度の濃度の炭酸塩(炭酸ナトリウム+炭酸水素ナトリウム)でpHを10程度に調整した場合、0.01M程度のアルカリ剤が作用するので、40Lで0.4mol(=40g)のアルカリ剤が同モルの脂肪酸=約100gを中和できると計算できる。これは洗濯用のアルカリ剤として十分な量である。
同一pHでの持続力は炭酸塩が水酸化ナトリウムを上回り、特に緩衝作用のある炭酸ナトリウム・炭酸水素ナトリウムの組み合わせではpHを上げないで濃度を高めることができ、それだけ強力な持続力を得ることができる。

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横浜国立大学名誉教授 大矢 勝
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