洗浄の「化学作用」「機械作用」「物理作用」(Q&A_015)
洗浄のメカニズムに関する記述で化学作用、機械作用、物理作用等の表現がよくみられる。「化学作用-機械作用」、「化学作用-物理作用」の対比で洗浄に働く作用を説明する場合に出てくる表現であるが、以下の理由により洗浄分野では「物理」を「化学」の対比として用いるのは避けたほうがよい。
[物理と化学]
「物理」と「化学」は理系大学入試で非常に重要な科目であるが、その両者の境界は微妙な部分がある。一般に化学反応と物理反応の違いは、対象物質の組成変化の有無とする説明、つまり水が氷⇔液体の水⇔水蒸気に変化するのは物理反応、水が酸素と水素に分解するのは化学反応とする見方などが多くみられる。そして、洗浄分野で重要な界面活性剤が水中で凝集してミセルを形成するなどの挙動は、一般に物理化学(physical chemistry)や化学物理(chemical physics)等の分野で扱われることが多い。水垢のイオン結晶が酸で溶解する場合なども、物理現象と化学現象の境界的なものであろう。
このような背景から、洗浄作用を「化学作用」と「物理作用」に分けるのは専門家からは違和感を抱かれる場合があることに注意しておくべきであろう。
[化学作用と機械作用]
洗浄分野の専門家がよく使うのは「化学作用」と「機械作用」である。物理学の中でもニュートン力学等に関連するものを機械作用として扱い、化学反応が関与する作用は勿論のこと、溶解や界面活性剤の作用等を含めて分子レベルでの挙動が関与するものは「化学作用」として扱う。洗濯試験での攪拌力等を機械作用とし、界面活性剤やアルカリ剤等の作用を化学作用としてその両者の寄与の割合などを論議するというのも洗浄分野では一般的である。
[「物理的に洗浄」は間違いか?]
以上のような背景から「物理的に洗浄」という表現は望ましくはない。この表現が用いられる場面は、「界面活性剤等の化学的な作用で汚れの付着力を弱くした後、物理的な力で取り除く」というような、「機械的」の意味合いで「物理的」を用いている場合が多い。「物理」からイメージされる実験として振り子や物体の落下の実験等が思い浮かぶ場合が多いように思われるが、これらの事例は物理学の種々の分野の中の一つの分野である「力学」に関連しているだけである。電磁気学、熱力学(≠力学)、量子力学(≠力学)等の広い分野があり、特に量子力学は化学現象をより深い理論的解釈に導くための切り札として扱われている。なので、「物理的」には化学をよりミクロな次元から研究するというような意味合いも含まれているといっていい。
以上のように「物理的に洗浄」というのは文脈から「機械的に洗浄」との意味合いで理解できる場合が多いが、研究者レベルでは違和感を抱かれる表現であるため避けたほうが良いであろう。
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横浜国立大学名誉教授 大矢 勝
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