汚れの化学的付着力(Q&A_009)
汚れの付着力には機械的なものと化学的なものがある。機械的な付着とは織物を構成する糸同士の間の隙間に汚れが挟み込まれるような場合であるが、平滑な表面上にも汚れは付着する。この場合、多くは化学的な結合が原因になっている。具体的にはファンデルワールス結合、水素結合、イオン結合、共有結合、配位結合、疎水結合などが作用すると考えられている。
ファンデルワールス結合とは分子間に働く引力で、極性を有する分子等の双極子同士に働く配向力、極性分子によって無極性分子が誘起されて生じる誘起双極子が関与する誘起力、無極性分子の中に生じる揺らぎによって瞬間的に生じる双極子と、それによって誘起される誘起双極子が作用する分散力(=ロンドン分散力)の3つのパターンに分けられる。分散力は非常に弱い結合力であるが、全ての物質間に働く引力である。
水素結合はファンデルワールス力の中の配向力の強力バージョンであり、酸素、窒素、硫黄等の原子と水素原子との間に生じる強い結合力である。水分子同士の結合力の主体であり、水が分子量が小さいのに沸点が高い原因として説明される。
イオン結合は陽イオンと陰イオンの引力による結合で、両者が構造的にきれいな結晶を形成する場合は汚れを凝集させる大きな力となる。水垢等は炭酸イオンとカルシウムイオンを主体に他のイオン性物質が結晶化したものと捉えることができる。イオン結合でタンパク質の固体は液性によって表面に陰イオン性官能基又は陽イオン性官能基を有するが、色素の中にもイオン性官能基を有するものが多く、陰イオン性官能基と陽イオン性官能基の間でイオン性の結合力が生まれる。色素はイオン性結合力の他にファンデルワールス結合や水素結合に関与する部分を有しており、かなり強力に付着する。
共有結合は有機物を構成する原子間の結合の主体であり、隣り合う原子から互いの不対電子を共有すること成立する結合である。一般には非常に強い結合力を有しているが、被洗物と汚れとの間にこの共有結合が生まれることはほぼないといってよい。油脂汚れ等が時間経過して酸化によって固まるのは、酸化作用で共有結合が生まれて分子間に網目状の結合ができるためだと考えられる。
配位結合は共有結合に似た結合であるが、隣り合う原子の双方から電子を出し合うのではなく、片側から孤立電子対という原子の外側に2つの電子を突き出した形の部分に最外核に電子をもっていない裸状の原子がくっついて結合する。代表的な結合は、窒素の孤立電子対(N:)と金属の最外殻電子が抜けた丸裸状態の金属イオン(Ca2+など)が結びつくような場合である。
疎水結合は無極性の疎水性分子同士の結合であり、基本的にはファンデルワールス力のロンドン分散力に起因するが、積極的な結合力というよりはむしろ疎水性物質を取り囲む水等の親水性物質同士が水素結合等で強く結びつき、そこからはじき出されて疎水性物質同士が接近すると考えたほうがしっくりする場面も多い。なお、疎水性のポリエステル等に油性サインペンで文字を記して数日間以上放置すると消えなくなるのは、ポリエステル基質に油性インクがしみ込んでしまうためであるが、そこでも疎水結合が働いていると考えられる。
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横浜国立大学名誉教授 大矢 勝
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