酸・酸性・酸化の関係(Q&A_004)
「酸」が含まれるこれらの用語は洗浄の科学を理解する際に重要になるものであるが、しばしば勘違いから誤解を生むことがある。そこで、ここでは酸、酸性、酸化について整理する。結論からいうと酸と酸性は関連するが、酸化は酸・酸性とは関係しない。酸っぱさ(=酸)の原因が酸素であるとする過去の誤解から生じた用語の齟齬である。「酸化」を「酸に変える」と誤解してはならない。
酸は水素イオンH+を与える物質(アレニウスの定義・ブレンステッドローリーの定義)、または電子対を受け取る物質(ルイスの定義)とされる。ルイスの定義は有機合成等の化学反応を説明する際に非常に重要な概念であるが、洗浄分野ではH+を与える物質と理解しておけばよいであろう。塩酸HCl、酢酸CH3COOH等をはじめとして、水中でH+を放出するのが酸である。
そして、酸を水に溶解すると、多くの場合はその水は酸性になる。酸性-アルカリ性(塩基性)の度合いはpHとして数値化される。これは水中のH+の濃度から導き出すもので、H+の濃度が高くなると減少し、H+の濃度が低くなると増加する。一般に0~14程度の値を示し、中性が7、それよりも小さい値が酸性、大きな値がアルカリ性(塩基性)となる。pHは0よりも小さな値、14よりも大きな値にもなりうるが、一般のpHメーターでは測定できなくなるとともに、溶解塩類の濃度が高くなりすぎるためにpHの意味がなくなるといった弊害も生じる。
なお、酸が必ずしも水を酸性にするとは限らない。脂肪酸はH+を放出することのできる化学構造であり立派な酸に分類されるが、長鎖脂肪酸等は水への溶解が困難なので一般的には水を酸性にすることはできない。そのため脂肪酸を酸性と結びつけると違和感を生む場合もある。
酸の反対語はアルカリ或いは塩基であるが、酸化の反対語は還元である。酸化と還元は電子を奪う・与えるの反応であるが、酸素を与える・受け取るという形になる場合も多い。2つの物質が反応する場合に一方は酸化剤、もう一方は還元剤として働くが、塩素系漂白剤や酸素系漂白剤の主成分は酸化作用のある酸化剤であり、他の物質から電子を奪い、酸素を与える作用がある。この作用は基本的にはH+に関係せず、酸・酸性とは無関係と考えるべきである。
英語で酸はAcid、酸化はOxidation、酸素はOxygenであり、酸素は酸化に関与し酸には関係しない。一方でドイツ語では酸はSäure、酸化はOxidation、酸素はsauerstoffであり、酸(酸っぱいもの)は酸素に関連付けられていたことが分かる。日本語の化学用語もドイツ語から派生したものが多く、酸が酸素に関連するという考えられていた過去の誤解が影響したのであろう。現在では酸の酸っぱさはH+が原因であると認識されている。
但し、二クロム酸カリウムや過マンガン酸カリウム等の強力な酸化剤が硫酸酸性で強力に働くという事例もあり、ある特定の酸化・還元反応が酸性・塩基性等の液性に影響を受けることはある。硝酸は代表的な酸であるとともに酸化剤でもあるので、酸が酸化剤である場合もあるが、有機酸のシュウ酸は代表的な還元剤であることなどから、酸が酸化剤であると捉えるのは避けなければならない。
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横浜国立大学名誉教授 大矢 勝
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